3月14日全通から約1ヶ月、仙台駅10時13分発特急ひたち14号品川行きに乗りました。
全線復旧で復活、フル走行の特急ひたち。
ふ、ふ、フと続いたが、常磐線がこの3月14日、9年ぶりに復旧工事が完遂。9年間いわきで止まっていた特急ひたち号が以前と同じく仙台駅とを行き来するようになった。
じつに長かった、待ちわびていた。という人も多い。
そこで、今回、仙台からの戻り、上りの特急ひたち14号に乗ってみた。
先頭車両を撮っていたら、先客。車両ひだり側のホームの後ろ姿がそう。出発前の先頭車両を撮り終えて満足げな足取りが印象的な。
全線復旧により、仙台〜上野間を直通する特急ひたちは、1日に3往復。
発車は上り下りともに朝、昼、夕の時間帯に割当てて設定されている。上り仙台発の10時13分発はいささかゆっくりした出発の朝便ということか。
ちなみに、仙台と原ノ町のあいだに、普通列車は1時間に1〜2本の間隔。
原ノ町といわきのあいだの普通列車も、同等ぐらいの運行本数のようだ。
仙台→上野、常磐線経由の乗車券、特急券、グリーン券。
いつもキップを買うカウンターの顔なじみの係員さんがちょっと嬉しそうに見えた。
「常磐線経由」というところが効いているらしい。そうですか「わかってますねえ」
という感じだろうか。
グリーン車を選んだことについては、復旧のお祝いの気持ちをこめて。
仙台を出た特急ひたち14号は、東北線を岩沼から常磐線に分岐して南下。
単線区間となって、ゆっくりした足取りになった。沿線で、この電車を待っていたとおぼしき保育園児たち、引率の先生から手を振ってもらう。久方ぶりに通る特急車両は話題になっているような。車窓から振り返したりして。
最初の停車駅が、相馬だった。次ぎが原ノ町。それぞれ、ひとり、ふたりが乗ってきた。
以降は、浪江、双葉、大野、富岡、広野、と停まっていった。
誰も降りず、誰も乗らない。そんな感じが続いた。
車窓は想像していたものに近かった。やはり、という気持ち。
盛り土した造成地、伐り拓いた崖の斜面。家が残っていたり、立派な家なのだが、人が住んでいない感じがしたり、屋根瓦にシートをかけたまま、手つかずの様子だったり。
新しく建てた家も、ポツポツだが、見えた。
常磐線は、浜通り、陸前浜と呼ばれる海辺に沿って走っている。
だから、時々、車窓には海が見えた。太平洋に面している。その海の手前には、壁、防潮堤が見えた。先の震災での教訓をいかして築かれた。
あいにく、空は雲がかかっており、どんよりとして暗い。せめて陽がさしていれば、海も違う色をしていて印象は違うだろう。でもモノトーンに近い色彩のほうが、物事をじっくりと見て、記憶に留めてという場合にはよいかもしれない。そんな気がした。
特急ひたち14号は、いわきに停車、ここでは数名のお客が乗ってきた。
不通区間の復旧によって見ることのできた車窓。
その風景を眺めたことが、いちばん印象に残ったことだ。その姿を頭に残したまま特急ひたちは東京都内へ入り、上野駅で降りた。
緊急事態宣言の発令下とあって、駅構内はまばら。もっとも乗ってきた車内も1両に数名しかいなかった。
事態が終息にむかった時がきたら、いま一度、仙台駅まで下りに乗りたい。







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