両親の仕事から縁の出来た大船渡、長月初め、父親は退職、迎えにゆき、送迎会にもあやかる
東京を朝6時に出発、首都高がしょっぱなから事故渋滞、曲折あって道が空いたのは栃木市〜
早めの昼食としたのはパッとしない天候もあり、気合いを入れようと焼きにんにくラーメン
重かった空だが、白河、郡山、二本松、次第に軽い空となり、クルマは減って気分も次第に
盛り上がって来たのが菅生PA付近、仙台市街郊外のサーキットで知られる蔵王山麓、空明るみ
陽の光、青葉鮮やかになって、水沢IC下車、落ち合う場所の水沢江刺駅、長く伸びる高架線
駅前に、少年と立つ像は、後藤新平、ご当地の出身、明治の人、医師、あれ、何をした人?
よく晴れた静かな駅前、遠くに奥羽の山々、球界で時の人、大谷選手の出身地だったり、、
大船渡への道は、北上高地をアップダウン、種山高原、イーハトーブ、気持ちのいい季節に!
今回、クルマは修理工場、借りたレンタカーちょうど語呂合わせ、ゴーゴーゴーゴーゴーに!
大船渡港へ、セメント工場の赤白煙突はランドマーク、ほぼ3ヶ月ぶり、夏の候、釣り人が
プラザホテル5Fから、もしもの場合は避難棟にもなっている、前方に見えるサンルートも同様
父の送迎会のお店『汐谷』より、須崎川畔、暮れなずむ北の山々、海、川、山、湊、大船渡
翌朝、盛川の河岸散歩、海に近い付近は新設護岸が高く盛られている、水深は底が見える程度
同じ位置から下流方向、大船渡港側、河岸護岸に高い壁、浅瀬には杭、セメントの工業港湾
遡った河岸広場付近、土手が構築されて川幅は狭まる、ヨシが植えられて、鳥のさえずりが
地元出身の新沼謙治は自ら作詞作曲『盛川』を歌って、少年時代の父親との魚釣りを懐かしむ
ヨシの根元には小さな魚、ヌマガレイの生息も確認されている、なんとか生き残って欲しい
母との縁となるクレープ・ガレットの店アンテンヌ、経営ご夫婦の健闘をお祈りいたしまして
湾北側の出口付近、尾崎の高台、近くでは自然海岸の磯にまで高い護岸、高い壁が建設中!
大船渡を辞して三陸道南下、途中、松島で降りて昼食はラーメン、昔ながら、浜上がりの醤油
父親と、松島やああ松島や、と感慨に耽る絵を撮ってみた、84歳、昨日まで現役、お疲れ様
三陸道から常磐道へ、当然、原発事故近く、帰宅困難地域を通過、シーベルト数値の表示も
父を水戸の姉宅に送って帰途、水戸IC脇のコンビニ、ドライブインは残念ながら営業終了時間
























0 件のコメント:
コメントを投稿