2021年7月3日土曜日

大船渡へお父さんを迎えにゆく

 両親の仕事から縁の出来た大船渡、長月初め、父親は退職、迎えにゆき、送迎会にもあやかる


東京を朝6時に出発、首都高がしょっぱなから事故渋滞、曲折あって道が空いたのは栃木市〜


早めの昼食としたのはパッとしない天候もあり、気合いを入れようと焼きにんにくラーメン


重かった空だが、白河、郡山、二本松、次第に軽い空となり、クルマは減って気分も次第に


盛り上がって来たのが菅生PA付近、仙台市街郊外のサーキットで知られる蔵王山麓、空明るみ


陽の光、青葉鮮やかになって、水沢IC下車、落ち合う場所の水沢江刺駅、長く伸びる高架線


駅舎は広大な水田の中に伸びる新幹線にポコっと付けられた感じ、地方の新駅らしい佇まい


駅前に、少年と立つ像は、後藤新平、ご当地の出身、明治の人、医師、あれ、何をした人?


よく晴れた静かな駅前、遠くに奥羽の山々、球界で時の人、大谷選手の出身地だったり、、


大船渡への道は、北上高地をアップダウン、種山高原、イーハトーブ、気持ちのいい季節に!


今回、クルマは修理工場、借りたレンタカーちょうど語呂合わせ、ゴーゴーゴーゴーゴーに!


大船渡港へ、セメント工場の赤白煙突はランドマーク、ほぼ3ヶ月ぶり、夏の候、釣り人が


プラザホテル5Fから、もしもの場合は避難棟にもなっている、前方に見えるサンルートも同様


父の送迎会のお店『汐谷』より、須崎川畔、暮れなずむ北の山々、海、川、山、湊、大船渡


翌朝、盛川の河岸散歩、海に近い付近は新設護岸が高く盛られている、水深は底が見える程度


同じ位置から下流方向、大船渡港側、河岸護岸に高い壁、浅瀬には杭、セメントの工業港湾


遡った河岸広場付近、土手が構築されて川幅は狭まる、ヨシが植えられて、鳥のさえずりが


地元出身の新沼謙治は自ら作詞作曲『盛川』を歌って、少年時代の父親との魚釣りを懐かしむ


ヨシの根元には小さな魚、ヌマガレイの生息も確認されている、なんとか生き残って欲しい


母との縁となるクレープ・ガレットの店アンテンヌ、経営ご夫婦の健闘をお祈りいたしまして


湾北側の出口付近、尾崎の高台、近くでは自然海岸の磯にまで高い護岸、高い壁が建設中!


大船渡を辞して三陸道南下、途中、松島で降りて昼食はラーメン、昔ながら、浜上がりの醤油


父親と、松島やああ松島や、と感慨に耽る絵を撮ってみた、84歳、昨日まで現役、お疲れ様


三陸道から常磐道へ、当然、原発事故近く、帰宅困難地域を通過、シーベルト数値の表示も

父を水戸の姉宅に送って帰途、水戸IC脇のコンビニ、ドライブインは残念ながら営業終了時間

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5月1日〜6日 長崎・五島福江島 

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